某消費者金融業者のCMでチワワが人気になったのが2002年のことでした。当時は猫派よりも犬派が優勢でしたが、最近は空前の猫ブームと言われ、SNSでも猫の動画や写真をしばしば見かけます。実際、一般社団法人ペットフード協会による「全国犬猫飼育調査」をみると、飼育頭数は1994年から一貫して犬>猫でしたが、犬の飼育頭数は近年減少傾向が続き、2017年には初めて猫が犬を上回りました。
医学の世界では以前から、犬を飼っている人は狭心症や心筋梗塞などの心血管障害が少ないのではないか、と言われてきました。 犬を飼うと、散歩で運動量が増え、孤立感が和らぎ、ストレスが軽減するからです。米国心臓病学会(AHA)は2013年に、「犬の所有と心血管障害のリスク減少はおそらく(probably)相関があり、さらにおそらくは因果関係だろう(may be causal)」と結論しています(Circulation 127, 2353–2363)。
一方で、過去の研究には、少ない調査人数や低い回答率、交絡因子の調整などの問題も指摘されていました。また、死亡率が減少するか(長生きできるか)や、犬種ごとの評価までは示せていませんでした。
これに一つの回答を与える研究結果が、2017年末にスウェーデンから報告されました(Dog ownership and the risk of cardiovascular disease and death – a nationwide cohort study. Sci Rep. 2017 Nov 17;7(1):15821.)。スウェーデンの特筆すべき点は、①全国民のデータベースに医療情報が登録されていることと、②犬の所有・飼育にあたって、農業庁とケネルクラブ(各国で犬の純粋犬種の犬籍登録や正しい飼育法を指導している団体)に登録が必要であることです(ちなみに、スウェーデンではペットショップで犬は買えません。ブリーダーから購入します)。この2つの登録データを突合することで、より正確に、犬の飼育と心血管系イベント・死亡の関連が、検討・解析されました。過去最大の研究の100倍以上の343万人を検証した、大規模な調査研究結果です。
スウェーデンでは犬の飼育率は13.1%で、犬を飼っている人の平均年齢は52歳で、飼っていない人の58歳よりも6歳若いようでした。また犬の所有者は田舎(人口密度の低い地域)に住んでいる傾向がありました。
同研究では、「犬の飼育の影響」を見るために、性別、出生地、婚姻歴、同居する子供の有無、居住地、人口密度、年齢補正した収入、緯度で調整しています。結果、犬を飼っている人では、心血管イベントによる死亡と総死亡がいずれも減少していました。(HR0.77, 95%CI,0.73-0.80, HR0.80, 95%CI,0.79-0.82)。この結果は教育レベルや社会経済指標で調整してもかわりありませんでした。
世帯区分別にみると、単身世帯で、心筋梗塞、脳梗塞、心不全及び複合心血管イベントが減少(HR0.92,95%CI,0.89-0.94) し、心血管死亡、総死亡も大きく減少していました。単身世帯では、より犬と接する時間が長かったり、精神的サポートの効用が大きかったり、するからなのかもしれません。
犬種別では、狩猟犬(テリア、レトリバー、セントハウンド)の所有者で、複合心血管イベントが減少していた一方、雑種犬の所有者は心血管イベントが増加していました (HR1.13,95%CI,1.09-1.17)。全死亡率は犬種によらず低下していましたが、雑種の飼育は最も死亡率が高く (HR0.98,95%CI, 0.94–1.01)、ポインティングドッグが最も低いという結果でしたHR0.60,95%CI,0.53-0.68)。
本研究の解釈にあたり、いくつか注意が必要です。第一に、人数が大きい試験ですが、研究デザイン上、相関関係は言えますが、因果関係は言えません。すなわち、「犬を飼っていると、死亡率が低下する」のか、「具合の悪い人は犬を飼えないので、死亡リスクが低い人が犬を飼っている」のかは判断できません。第二に、調整していない未知の交絡因子が存在している可能性があります。最後に、スウェーデンと日本では、犬飼育の文化が違うことです。日本で最近人気がある犬種は、チワワ(14%)、ミニチュアダックスフント(13%)、トイプードル(11.7%)、柴犬(9.4%)と小型犬中心です(https://petfood.or.jp/data/chart2018/3.pdf)。一方、スウェーデンでは、ラブラドール・レトリバー、ゴールデン・レトリバー、チワワ、イェウムトフンドという中~大型犬が人気のようです(https://wanpedia.com/swedenninkikenshu/)。中~大型犬はより長い散歩の時間を必要としますし、同国では犬と何らかのスポーツ(トラッキングや狩猟など)にいそしむことも多いようで、犬と過ごし方も差がありそうです(http://www.petsbest.co.jp/e_story01.html)。
ちなみに、日本で多いチワワとトイプードルは国際分類では9類(愛玩犬)、ミニチュアダックスは4類(ダックスフント)、柴犬は5類(スピッツと原始的なな犬)に分類され、複合心血管系イベントのHR(ハザードレシオ)はそれぞれ1.04(95%CI,1.01-1.08)、0.94(95%CI,0.89-1.00)、0.98(95%CI,0.94-1.03)と、いずれも有意差を示せませんでした。なお、総死亡は0.85(95%CI,0.82-0.89)、0.76(95%CI,0.72-0.81)、0.72(95%CI,0.68-0.76)といずれも有意な減少を検出しています。
長生きしたいから犬を飼う、という人はいないと思いますが、犬との絆が結果として長生きにも効果があるかもしれない、というのは大変夢のある話ですね。