ある日外来をしていると一人のカルテが回ってきました。血圧の薬が欲しいとのこと。前回受診時(半年前)のカルテには、「血圧160/120とコントロール不良だが、『忙しくて1ヶ月おきになど通院できないから、どうしても薬が3ヶ月分欲しい』と言っている」と書いてあります。前回の受診から今回の受診までは半年あいていますので、薬が無くなって3ヶ月は放置していたようです。前々回と前回の間もしばらくあいていますので、長期間コントロール不良の高血圧が続いているようです。本日待合室で測定した血圧もやはり160/120とだいぶ高いようです。これはなかなか難しい患者だな、と思い診察に臨みました。
患者さんが入ってきて、「今日も血圧が高いですね。これじゃあちょっと3ヶ月処方は無理です。3ヶ月もあなたの健康を担保できません。最悪の場合突然死する可能性だってありますよ」と言いました。私は普段は患者さんに「死」という強い言葉は使いませんが、自分の病気の重大性に気づいていない方には、あえてこのような厳しい言い方をすることもあります。
しかしどうも本人の様子が違います。深刻な顔つきです。話を聞いてみると今日は160/120位ですが、健康診断の時は190/140だったとのことでした。本人もさすがにその数字はショックだったようです。
なぜそんなに血圧が高いのでしょうか。もちろん薬を飲めていない事が原因なのですが、ではなぜ飲めていないのでしょうか?例えば高齢の方だったら、「認知症で薬を飲むことを忘れてしまう」とか、「粉薬はむせてしまうから飲みたくない」などの理由が隠れていたりします。若い人だったら「症状が無いため病気を軽く考えている」、「昼の薬を会社に持っていくのを忘れる」などでしょうか。
この方の場合は「忙しい」ことがあるようですので、仕事のお話を聞いてみます。すると、ドライバーをしていて、毎月残業が120から130時間もあるそうです。これはあまりに長い。通常45時間を超えると脳・心血管リスクが増大し、2~6カ月の平均が80時間or単月100時間が過労死ラインと言われています。この方のように残業時間がとても長く、血圧のコントロールも不良であると、脳・心血管障害のリスクは非常に上昇し、突然死も十分ありえます。
よく聞いてみると、この方自身も、体力の限界を感じているようでした。起床は朝4時、通勤は片道1時間、終業は20時。お風呂や食事にかかる時間を引くと、睡眠時間はだいたい1日4時間程度のようです。最近、運転の途中で眠くなってしまって、あわや大事故ということもあったようでした。居眠り運転でなくとも、運転中に脳出血を発症して、大事故に至る可能性だってあります。
彼は話を続けます。「この業界はみんなそんなもんだ」「高校生の息子がいて何かとお金がかかる。こんな仕事、お金のためにしかやっていない。」「なんとかお金のために頑張ろうと思っていたが、こんな働き方を続けて死んでしまったら確かに元も子もないよな。。。」
ドライバーは、通常の業種の残業時間の上限を定めた「時間外労働の限度に関する基準」(平成10年労働省告示第154号)」が適用されず、「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」という告示に従ってきました。 例えばトラック運転者は、①1日の最大拘束時間は16時間(15時間超えは1週間に2回まで)、②1ヶ月の拘束は原則293時間まで(ただし拘束時間を延長する労使協定がある場合は、1年のうち6ヶ月までは3516時間を超えない範囲で、320時間まで延長可)③休日労働は2週間に1回まで、ということになっています。
16時間と聞くとずいぶんと長いですよね。しかし、多くの事業所が、労働基準法や上記の改善基準告示違反で、労基署から指導をうけています。2017年度は、5,436事業場に監督指導が入り、4,564事業場(84.0%)に労働基準関係法令違反が認められ、3,516事業場(64.7%)に改善基準告示違反が認められました。
実際、ドライバーは非常に過酷な労働環境にあり、健康を害するリスクが非常に高い職種です。2017年「過労死等労災補償状況」(厚生労働省)をみると、「脳・心臓疾患の支給決定件数」のワースト1位は道路貨物運送業(業種)、自動車運転従事者(職種)となっています。
今後、新しい働き方改革関連法案が施行され、ドライバーにも残業時間の上限が設定されますが、通常の職種から5年の猶予をもたせた2024年からの施行で、なおかつ上限は960時間と、普通の業種の720時間よりも3割長くなっています。
残業は割増賃金が支払われるので、労働者自身も「お金をもらっているからしょうがない」と考え、体力の限界を見誤りがちです。自分のことは案外自分ではわからないものです。健康診断をしっかり受け、異常があれば医療機関を受診することが、当たり前ですが大切です。
また、①時間外・休日労働時間が月100時間を超えており②本人の申し出がある、際の医師による面接指導の実施は、事業者の義務、であることを労働者自身も知っておくと良いと思います(労働安全衛生法66条の8)
今回私は、会社担当者が見ることを念頭に診断書を書きました。多くの開業の先生は産業医の資格も持っているので、相談してみるのもよいでしょう(ただし、本人が勤める事業所の産業医ではないので、会社への勧告権などはありません)
しかし、結局の所、過重労働は事業者側が主体的に取り組まない限り、改善は困難です。長時間労働を前提にした生産性の低い企業から逃げ出すしかないのでは、と思っています。折しも「Googleの社員食堂に感じた、格差社会のリアル。」というブログを読み、この世の中の多様さに目眩がしました。